大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和34年(行モ)4号 決定

申立人 稲荷山町

被申立人 長野県知事

訴訟代理人 豊水道祐 外三名

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人の本件申立の要旨は、「長野地方裁判所昭和三四年(行)第六号市町村廃置分合無効確認請求事件の判決確定に至るまで被申立人が昭和三四年三月二七日なした長野県埴科郡屋代町、同郡埴生町、同県更級郡稲荷山町及び同郡八幡村を廃し、その区域をもつて更埴市を設置する旨決定した処分の執行を停止する」との裁判を求め、その理由として

被申立人は昭和三四年三月二七日右申立の趣旨記載の処分(以下本件処分と言う)をなし、その旨を内閣総理大臣に届出で、その届出に基き内閣総理大臣岸信介は同年四月一五日本件処分は同年六月一日より効力を生ずるものとする旨の告示をなした。ところで地方自治法第八条第一項第二号によれば市となるべき地方公共団体の具えるべき要件の一つとして当該地方公共団体の中心の市街地を形成している区域内にある戸数(いわゆる連たん戸数)が全戸数の六割以上であることを必要とするところ被申立人は申立の趣旨記載の三町一村の全戸数六、八三二戸のうち四、九六五戸(全体の七三%)が連たん戸数に該当するものと認定して前記処分をなしたものである。しかしながら右四、九六五戸のうち

屋代町のうち字雨の宮二九一戸、字土口一九〇戸、字生萱一六九戸、埴生町のうち字寂蒔二一三戸、字鋳物師屋一一九戸、

稲荷山町のうち字東区八九戸、字北区二四戸、字西区五四戸、字中区九三戸、

八幡村のうち字大池七五戸、字姨捨六三戸、字峰五〇戸、

合計一、四二〇戸は非連たんと認めるべきであるからこれを除外すると結局連たん戸数は三、五三五戸となり、その全戸数に対する割合は五〇%以下となるので右三町一村は前記法定の要件を具えていないことはあきらかである。この点を看過し法定の要件を具備するものと誤認してなした被申立人の本件処分は地方自治法第八条第一項第二号に違反し無効であるから申立人はこれが確認を求めるべく昭和三十四年五月二十五日被申立人を被告として本件処分の無効確認の訴(長野地方裁判所昭和三四年(行)第六号)を提起したが、このまゝ放置すると前記内閣総理大臣の告示に基き本件処分は昭和三四年六月一日をもつて効力を生じて執行され原告稲荷山町が廃止されるとともに更埴市が設置されることゝなるがそうなると申立人において戸籍事務の移動、町有財産の処分その他につき償うことのできない損害を生ずるおそれがあり之を避けるため緊急の必要があるので本申立に及ぶというにある。

よつて按ずるに行政処分の執行を停止するには行政事件訴訟特例法第一〇条第二項所定の事由が存在することを必要とするほか、本案の訴が適法であり且つその請求について一応理由ありとみえることを要すると解すべきである。そこで申立人は本案の訴において本件処分は連たん戸数の認定を誤つた違法があるから無効である旨主張するのでその当否を考えてみると、地方自治法第八条第一項第二号に規定するところの当該普通地方公共団体の中心の市街地を形成している区域内に在る戸数(いわゆる連たん戸数)の認定はもとより行政機関の専権ないし自由裁量に属するものではなく都道府県知事において連たん戸数に関し法定の要件を充足するものと認定したうえで町村合併の処分をなしても、その認定が客観的事実に相違し法定の要件を満していないと判断される場合にはその認定の誤りが当該処分の効力に影響を及ぼすものであることは言うまでもない。しかし、その認定に重大かつ明白な瑕疵がない限り当該認定に基く処分が無効とはいえないのである。ところが本件にあらわれたすべての疎明資料を検討してみても、被申立人において設置を定めた更埴市の中心の市街地を形成する戸数が全戸数の六〇%をこえるものとした認定が明白な誤りであると一応認めるに足りる資料は存在せず、申立人の右の点についての疎明はないといわなければならない。そうすると本件処分に明白なる瑕疵が存するものと言うことはできないから申立人の本案の訴に理由ありとみえないことに帰する。

もつとも申立人の本案の訴につき、その訴状の内容、殊に請求原因第四項の記載等から考えると、申立人は本案の訴において本件処分の取消を求めているものと解する余地もある。そう解した場合は、本案の訴を提起する前に訴願の裁決を経由することを必要とするところ、申立人が訴願期間を徒過したことは右訴状の記載に徴し明らかであり又訴願の裁決を経なかつたことにつき正当の事由があるとの点については何等の疎明もないのである。従つて結局本案の訴は不適法であると言うほかはない。

そうすると本件申立は、その本案の訴を無効確認の訴と解するとその理由があるとは見えず、取消の訴と解すれば不適法であるとみるほかはないから、いずれにせよ執行停止の要件を具備しないこととなり、爾余の点につき判断するまでもなく却下すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 田中隆 高野耕一 橘勝治)

申立書

申立の趣旨

被告が昭和三十四年三月二十七日為した長野県埴科郡屋代町及び埴生町並びに更級郡稲荷山町及び八幡村を廃しその区域を以て更埴市を置くとの処分は前記訴訟事件の判決確定に至る迄執行を停止する。

との裁判を求める。

理由

更埴市設置に関する被告の処分の無効確認を求める行政訴訟は本日御庁に提起したが昭和三十四年四月十五日付内閣総理大臣告示により更埴市制は同年六月一日より効力を生ずることとなつておりこの侭推移せんか戸籍事務の移動、町有財産の処分その他に償うことのできない損害を生ずる虞れがあるから之を避けるため本案判決確定に至る迄右処分の執行を停止せられたく緊急の必要ありと認め本申立に及ぶ次第である。

尚昭和三十四年二月長野県議会定例会議案第六五号によれば更埴市制の施行期日は同年五月一日となつていたが同年三月十七日の議決により六月一日となつた事情並に稲荷山町民の意向を参酌し稲荷山町に関しては県の調整委員会に附議されている事実更に市制施行賛成派前稲荷山町長中村広助につき合併促進費の費途に疑ありとして計理士福島直治に委嘱して目下帳簿等につき精密調査中であり右調査になお一ケ月位の日時を要するところ六月一日更埴市制施行となれば調査も自然不能となる実情就中本件の所謂連たん戸数の申請に関し文書偽造の疑あり原告代表者外四名は昭和三十四年二月二十日右中村前町長外三名を告発し目下長野地方検察庁に於て捜査中であり市制反対派と市制賛成派との対立抗争は市制施行により稲荷山町に如何なる不測の事態を惹起するやも知れない状勢にあることを篤と御賢察賜わりたい。

(昭和三四年五月二五日付)

意見書

意見の趣旨

本件申立を却下する。

との決定をすべきものと思料する。

理由

第一、本件申立は、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項の要件の存否を判断するまでもなく、却下さるべきである。

行政作用については、仮処分に関する民事訴訟法の規定は適用されず、また、行政訴訟を提起しても行政作用の執行は停止されない結果、原告が行政訴訟において勝訴の確定判決を得ても、その時にはすでに償うことができない損害を蒙つている場合があるので、執行停止制度は、この勝訴すべき原告について生ずるかゝる不利益を防止するために設けられた保全制度である。従つて、裁判所は、少くとも、原告が勝訴の判決を得るであろうと考えた場合、すなわち、本案の訴が適法であり、かつ、一応本案の請求を容認し得ると考えた場合に限り、執行停止決定をなすべきであり、裁判所は、本案の訴が不適法であると考えた場合又は一応本案の請求を容認し得ないと考えた場合には、執行停止決定をすべきではない。この理は、すでに多くの裁判例において判示されている(東京高裁昭和二八年七月一八日決定・行政事件裁判例集四巻七号一六二六頁、東京地裁昭和三〇年九月二六日決定・同集六巻九号二二〇四頁等)。しかるに後述のように、本訴は不適法であり、また、本案の請求は容認される余地のないものであるから、本件申立も却下さるべきである。

一、本訴は不適法である。

地方公共団体が、訴訟を提起するには地方自治法第九六条第一項第一〇号により議会の議決を経なければならないが、申立人は、本訴提起についてはこの議決を経ていないから、本訴は不適法である。

申立人は昭和三四年五月一一日申立人の議会は解散したと主張しているが、長が議会を解散しうるのは地方自治法第一七八条により不信任の議決があつた場合と同法第一七七条第四項によつて不信任の議決があつたとみなされる場合に限られるところ、申立人はかゝる場合でないにもかゝわらず議会の解散を通告(疎甲第五号疎乙第一号証)したものであるから、地方自治法上何等の根拠なくしてなされたものであり、この解散は、当然無効である。

従つて申立人の議会の議決を経ないで提起された本訴は不適法である。

二、本件訴の本案の請求は到底容認することはできない。

(1)  本件更埴市設置処分は地方自治法第八条第一項第二号に違反しない。

地方自治法第八条第一項第二号に規定する中心の市街地を形成している区域内にある戸数所謂連たん戸数とは、市の中心地となるべき市街を形成している区域内の戸数をいうものである。しかして市街を形成しているかどうかについての認定の具体的な基準(家と家との距離等)は法定されておらないが、法の趣旨とするところは、社会通念上都市的形態を有するもの、いいかえれば、現存の市に比較して遜色のない市街を形成しているものをいうものである。

右のような見地にたつて左記の地域は市街地を形成しているものと認定したものである。

(疎乙第二号証、疎乙第三号証)

屋代町  字    戸

屋代   八一三

粟佐   一四四

雨宮   二九一

土口   一九〇

生萱   一六九

埴生町

寂蒔   二一三

鋳物師屋 一一九

打沢    八八

小島   三四九

桜堂   二三二

杭瀬下  三三三

稲荷山町

荒町   二〇二

中町   一二八

本八日町 二〇五

上八日町 一四九

治田町  二七二

東区    八九

中区    九三

北区    二四

西区    五四

八幡村

新宿   一一八

森下    八一

北堀   一二〇

志川   一一〇

上町   一一一

辻     八〇

合計  四、七七七(疎乙第四号証)

しかして、本件関係三町一村の全戸数は、申立人も自認するように六、八三二戸であるから、その六割は四、一〇〇戸である。然かるに、本件更埴市の連たん戸数は前述のように四、七七七戸であるから法定の要件を充足しているものである。

百歩譲つて、仮りに連たん戸数が全戸数の六割を多少下まわつたとしても、それは単なる認定の誤りに過ぎないから、それがため、本件更埴市設置処分の無効をきたすものではない。

(2)  申立人は、訴状請求原因第三項において稲荷山町議会の議決は、同町民の多数意見を無視したものであるから、本件更埴市設置処分が無効であると主張するもののようであるが、申立人も自認しているように、賛成一二票、反対二票をもつて本件更埴市設置に関する議案は可決されたのであるから、仮りに申立人主張のような事実があつたとしても、それがため、本件更埴市設置処分が違法となるものではない。

第二、本件執行停止の申立は行政事件訴訟特例法第一〇条第二項の要件を欠くものである。

一、本件更埴市設置処分の執行によつて申立人は償うことのできない損害を蒙るものではない。

(1)  申立人は、本件更埴市設置処分の結果戸籍事務に関し償うことのできない損害を生ずるおそれがあると主張する。

然しながら、更埴市が発足したときは、稲荷山町の庁舎が市の庁舎となり、他の町村である屋代町、埴生町及び八幡村の庁舎には支所が設置され、右庁舎及び支所においては戸籍事務を取扱うのであるから、更埴市の発足前と全く同様に戸籍事務が行われるのである。従つて戸籍簿が移動し一ケ所に吸収されることはないから、関係町村及び関係町村民には何等の不利益を来すものではない。従つて後に本件更埴市設置処分の無効を確認する判決が確定しても、戸籍事務に混乱を来すことがないことは勿論、申立人に対し何等の損害を生ずることもない。(疎乙第五号証)

(2)  申立人は本件更埴市設置処分の結果町有財産の処分に関し償うことのできない損害を生ずるおそれがあると主張する。

然しながら、更埴市が発足したときは稲荷山町有財産のうち、山林はすべて財産区となり、他の財産(主として庁舎、学校、保育所、町営住宅等の行政財産)は、更埴市に帰属することとなつている。(疎乙第六号証、疎乙第七号証)従つて、後に本件更埴市設置処分の無効を確認する判決が確定した場合には、右財産区に所属する財産はそのまま申立人に復帰し、また、その他の財産は前述のように主として行政財産であるから、更埴市においても、容易に処分することができず、従つて、この財産もそのまゝ申立人に復帰することになる。従つて、申立人主張のような損害を生ずるものではない。仮りに更埴市等が本件更埴市設置処分の結果帰属した財産を処分したとしても、その損害は金銭をもつて償うことができるものである。

(3)  なお、申立人提出の「行政処分執行停止の申立」一丁裏九行目以下において主張する事実は、執行停止申請の要件とは全く無関係のものである。なお、中村前町長の合併促進費の使途の調査及び文書偽造の捜査は更埴市発足後においても、可能なものではあり、また、市政反対派と市制賛成派との対立抗争は治安上の問題であつて執行停止の要件である申立人について生ずる損害とは無関係なものである。

二、本件更埴市設置処分の執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。

関係町村は勿論国、長野県及び長野県下の市町村は六月一日に更埴市が発足することを前提として一切の行政事務を行うこととしているが、もし本件更植市設置処分の執行が停止されれば右国、県及び市町村の行政事務の混乱は免がれない。なかんづく六月二日執行の参議院議員の通常選挙に付いては、六月一日に更埴市が発足することを前提として右選挙の管理運営に関する措置を講じておるが、もし本件更埴市設置処分の執行が停止されれば、従前の関係町村単位で選挙を行わなければならないことになる。かような事態に到れば右選挙に関する投開票及び速報等の事務が混乱に陥り適法な選挙の管理運営をすることができなくなるおそれが多大である(疎乙第八号証)

以上述べたところから明かなように執行停止されることによつて公共の福祉に及ぼす影響は重大である。従つてこの点からも本件執行停止の申立は、却下さるべきである。

(昭和三四年五月二九日付)

疎明方法〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例